こんにちは!
Jumbo三宅(@sato_ds_hkosk)です。
UnsplashのCentre for Ageing Betterが撮影した写真

みなさんはいろんな立場でレッスンを受けていると思います。
先輩や仲間に習う時もあれば
先生についてじっくり教わる時もあるでしょう。
この「習う」と「教わる」は
僕の主観ですがちょっと違います。
今日はこの「習う」と「教わる」の違いについて
僕なりにお話しします。
「習う」は自分が主体
UnsplashのKelly Sikkemaが撮影した写真

習うは習う人が主体な感じがします。
そのため習い事などは習う人がメインで習うこと自体が
大切な要素になっていると思います。
習って新しいテクニックやダンスに接したり
新たな発見があることが楽しいと思います。
レッスン時間自体の楽しみを重要視するのが
習うという行為になるでしょう。
この習うという姿勢のいいところは
自分が主体なので自分自身のペースで
習っていくことを楽しめることでしょう。
一般的にダンスのレッスンを受けている人は
この習うということを楽しんでいると思います。
まずダンスに親しんだり、趣味として行う上では
習うという感覚がとてもフィットしているのではと感じています。
「教わる」は知識や技術の移行
UnsplashのYosep Surahmanが撮影した写真

一方「教わる」は知識や技術の移動を指す言葉に感じます。
レッスン受ける人が主体ではありますが、
教える人の知恵や経験を自分の体に取り込むことが
メインになるということです。
つまりレッスンの時間はメインではなく
知識の移行をする際のスタートラインということです。
まずこれから覚えるべき事柄を示してもらいますが、
それを身につけ自分の血肉とする時間も含めて
「教わる」という行為になっていると思います。
逆に言えばレッスンの時間自体を楽しむことは
あまり重要ではありません。
もちろんそこも楽しいに越したことはないですが、
楽しいを重要視して内容を覚えていないとか
少しでも新しい知識や技術を引き出すことをしていないと
それは「教わる」になっていない可能性があります。
特に大事なことはレッスン時間で示された課題を
練習し自分の体に身につけることです。
ここを含めて「教わる」だと思います。
習って納得して満足してしまうのは
悪い意味で「習う」の段階で止まってしまっていると言えるでしょう。
ただこの意味での「教わる」は割と厳しい世界
プロフェッショナルやアマチュアでも競技選手として上を目指している人の世界観です。
ここに固執するとダンス自体が楽しくなくなってしまうことも
少なくありません。
良くも悪くも「教わる」はマニアックな世界です。
「習う」と「教わる」は平等
UnsplashのChristophe Hautierが撮影した写真

「習う」と「教わる」はレッスンを受ける立場として
どちらが上とか優れているということはありません。
ただちょっと目的が違うので
自分の求めるものと合うレッスンの受け方をしないと
楽しく踊れなかったり、求める知識が得られなかったりします。
つまり不満に思うということです。
これはレッスンを受ける人と同様に
教える立場の人も考える必要があるでしょう。
この人は「習いたいのか」「教わりたいのか」
ここを間違えると、レッスンの内容や精度にミスマッチが起こり
お互いに幸せになりません。
とくにプロとしてお金をいただいてレッスンしているからには
レッスンを受ける人に満足を感じてもらう必要があります。
そのためどのようなレッスンを求めているかを
僕は常に感じるように意識しています。
個人的にこのような考えがなかったために
たくさんの失敗をしてきました。
今も全然ですが、少なくとも自分がそのようなことを
考えていこうという気持ちができただけでも
かなり進歩していると思います。
まだまだだけど
自分が上達したいなら「教わる」寄りに
UnsplashのPablo Heimplatzが撮影した写真

もし自分がレッスンを通して
そのコーチャーから知識や技術を学び取りたいと思うなら
教わるという感覚を多くする必要があるでしょう。
習うという状態は良くも悪くも受動的な感じなので
悪くはないですが、与えられるのを待つ感じになります。
教わるということは「何を」という主語が必要になるので
必ず何を習いたいかということを考えら得るでしょう。
そうすることでより積極的にそのコーチャーから
技術をもぎ取ることができると思います。
〜まとめ〜『知識をコーチャーから奪う』
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