《社交ダンス》身長差に負けない!凸凹カップル奮闘記

社交ダンス、競技ダンスで身長差カップルならではの悩みや役に立つこと、立たないことのブログ。

《メンタル》ゲーム配信から学ぶ意見の言い方 【結局のことろ、すべてが主観しかない】

こんにちは!

 

Jumbo三宅(@sato_ds_hkosk)です。

 

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Youtubeには色んなコンテンツの

動画があります。

 

僕もよく見るのですが、

最近ちょっと気になる動画がありました。

 

それはゲーム配信、つまり自分がゲームをしながら

実況中継するものです。

 

その中にAmong Us(アマング アス)という

人狼のようなゲームをしている動画がありました。

 

たまたまおすすめに出てきてみたのですが、

ゲームの内容とは別にとてもいいことを感じたので

今日はその気づきについてお話しします。

 

ゲーム配信動画

youtu.be

 

”Among Us(アマング アス)”というゲーム

 

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知らない方も多いと思うのですが、

まずこのAmong Usというゲームについて

すこしお話しします。

 

Among(アマング アモング)というのは

「〜の中で」という意味です。

 

Usは私たちという意味です。

 

つまりふたつを合わせると

「私たちの中で」という題名です。

 

これは宇宙船の中に10人くらいの

乗組員がいる状態で始まります。

 

そのなかに数人の裏切り者がいて

宇宙船の中を歩き回りながら

乗組員を殺害したりして

それを乗組員が推理しながら進めるゲームです。

 

人狼というゲームを知っている人なら

ほぼそれに近く宇宙人狼と呼ばれることもあるそうです。

 

このゲームの流れは誰が裏切り者(Impostorインポスター)

なのかわからない状態でスタートします。

 

裏切り者同士はお互いにわかっているので

ばれないように協力しながら乗組員を

殺害していきます。

 

クルーは誰が裏切り者か分からない状態で

ゲームが進みます。

 

このゲームの山場はだれかが殺された時の

話し合いにあります。

 

ある人が殺されるとみんなで集まって

議論します。

 

どこで死体が見つかったか?

 

誰が見つけたか?

 

いつもまで生きていたのをみたか?

 

みんなはどこにいたか?

 

などです。

 

そこから誰が怪しいかを

みんなで話し合っていきます。

 

ゲームですし、みんな友達同士ではありますが、

誰かが殺したのではないかと疑って行くゲームなので

ともすると険悪になってしまうこともありそうです。

 

ただ僕のみた動画の人たちは

すごいひとことでそれを綺麗に解決しながら

遠慮なく議論していっていました。

 

「〇〇さん視点ではどうですか?」

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このゲームはマップが広く

参加している人によって

見えている場面が違います。

 

本当に宇宙船の中を歩き回っているように

倉庫にいる人には倉庫が

食堂にいる人には食堂の様子しか見えません。

 

そのため人によって「視点」が違うのです。

 

ゲームとしては同時進行でも

お互いの見た目が違うことで

疑わしい人物も変わってくるということです。

 

そのなかで僕がみた動画の人たちは

 

「私の目線では…」

 

「〇〇さん視点ではどうですか?」

 

などその人の視点からはどう見えるか

という条件を確認しながら議論していました。

 

これはこのゲームだけでなく

ダンスでもとても重要なことだと思います。

 

それは大きく分けて2つのことが

考えられます。

 

カップルで練習する場面

 

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よくカップルで連取している人を見ると

 

「お前のボディが曲がっているからダメなんだ。」

 

「あなたが引っ張るからできないの!」

 

といった感じです。

 

こんな感じで話し合いをしても

一向に解決には向かわないどころか

だんだん感情的になり練習になりません。

 

まあそれでもまだお互いに話をしようとしている分だけ

希望はありますが。

 

先程のセリフに僕が気になる言葉を足してみると

 

「僕の目線では、お前のボディが曲がっているように見える。」

 

「私目線では、あなたが引っ張るように感じる。」

 

となります。

 

まず文頭に「自分の目線からは…」をつけました。

 

たぶん最初もそういう意図はあると思いますが、

ほとんどの人がそのセリフをつけずにいってしまいます。

 

そのためそれが事実のように相手に伝わるため

相手も強い拒否反応をするのだと思います。

 

また文章の最後の「〜だからダメだ。」などは

必要のない言葉です。

 

自分が感じる事実のみを

話して行くことが大事です。

 

どうしてもそう言いたい時は

「〜だからダメなんだと自分は思う。」

とつけると、あくまでも自分の目線からはということが

確認されるのでいいと思います。

 

競技会のジャッジも同じ

 

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競技会で審査員が点数や順位をつけていきますが、

とうぜんすべての審査員が同じ審査をすることは稀です。

 

予選でも全種目にチェックを入れる人もいれば

いくつかだけしか入れない人もいます。

 

決勝でも1位をつける人もいれば

6位をつける人もいます。

 

このことを審査システムがおかしいとか

審査員に不正があるというという人が

少なからずいます。

 

しかしこれはその審査員の目線からの結果なのです。

 

もちろん審査のシステムはより良いものがあると思いますし

審査員に不正が絶対ないかと言ったら

悲しいことですが、過去に処罰を受けた審査員はいます。

 

しかし順位や点数にばらつきがあることと

システムの不備や審査員の不正には

関係はありません。

 

まあこれも「僕の目線から」の考えですが。

 

ただ個々の審査員が自分の目線から見た

その時のダンスを評価したものが

競技会の採点表に現れるのです。

 

個人の目線はそれなりに偏っています。

 

なので審査員は複数で行うことで

偏りをなるべくならし

一般的な結果に近づくようにしているのが

今の状態です。

 

それでもその時の審査員構成により

良かったり悪かったりすることはあると思います。

 

でも悪い時ばかりではなくいい時もあるので

いい波に乗ることで成績を上げることができると思います。

 

これがもしコンピューターで少しのブレもなく審査されたら

たぶん成績はほとんど変わらずいつやっても

同じ順位になると思います。

 

そうなるとどんな踊りがいいのかということが

1点に集中するので結果的に踊りの多様性はなくなり

誰もが同じ踊りになってしまうと思います。

 

さらにコンピュータやAIを利用して審査ができても

その条件やシステムを作るのは人です。

 

なので作る人の意思がどうしても反映されるので

結果的に偏りは無くならないし

不正も起きると思います。

 

ダンスのように多様性のなかで発展して行くものは

ある程度偏りのある人の目で採点する方が

新しい流れを生む力になると

僕視点ではそう思います。

 

結局全ては「私目線では」だ!

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どんなに客観的にといっても

結局は個人が自分目線でどうみるかしかありません。

 

ダンスの教師も自分の目線から

こう見えるというのを指摘してるに過ぎず

それが正しいかどうかは受け取る人が

決めることです。

 

目線の数だけ意見があるので

どれを信じて取り入れるかは

最終的に自分がどうするかによります。

 

最初にあげたゲームでも

意見が対立することはよくあります。

 

とくに裏切り者の人は

わざと嘘を言ったり

情報を混乱させようとしてくるので

よく矛盾が起きます。

 

そのときに誰を信用するか

どの意見を取り入れるかは

最終的に自分が決めることになるのです。

 

「〇〇が言っていたことを信用していたのに!」

みたいに怒る人もいますが、信じたのは自分です。

 

だから最終的には自分に責任があるということなのです。

 

厳しい言い方になるけど。

 

だから自分の意見を言う時も

自分の目線はこう見えると言うスタンスを

確認することでより自分に嘘をつかない

意見を言うことができると思います。

 

僕の目線では。

 

〜まとめ〜『信じるか信じないかは、あなた次第。』

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